鬼との対峙
今日は風の音が、違う。
肌に伝わってくる“いつも”と違う感覚に、何かが起こる予感を抱いていた。
刀を鞘へと戻し、息を吐く。
どうにも、今日は何かが違う。
でも、その何かは掴めずにいた。
違和感を抱きながらいつも通りを過ごす私は、家裏の竹藪に籠り鍛錬を行っていた。
月明かりがあたりを照らしはじめ、影を作る。
もう、こんなにも暗くなっているのか。
手拭いで額の汗を拭い、私は家へと歩を進めた。
どうにも……今日は何かが違う。
見える景色はいつもと変わりはないものなのに、まるで違う世界に来たかのように思えてしまう。
何かつっかえるような物を感じながら歩んでいくと、違和感の正体が明確になっていくような感覚がした。
何かがおかしい。
いつもと違う空気の質、におい、そして家の方向から感じる強い殺気。
地面を強く蹴り、私は一刻も早くその違和感の元へと走った。
家へと近づけば近づくほど、今日抱いていたモノが大きくなっていく。
血の匂い、泣き喚く声、刀を振るう音、人数は……あと3人。
正門を使わずに塀を飛び越え、違和感の元へと迷い無く進む。
母屋の襖は中庭へと飛んでおり、腕や脚や首などが転がっている。
無惨にも元凶にやられてしまったのだろう。
その奥へと目を向けると、師範とそれは対峙していた。
私がここに来るまでに2人も殺されてしまっている。
「……師範、それは?」
淡々とそう問うと、集中していたのか師範は私の存在にやっと気付いたみたいだった。
私の方を振り向くことなく、怒りと殺意と憎悪が溢れている。
「鬼だ!早く殺せ!!」
師範の声があたりを響かせた。
死地との対面に、緊迫しているのだろう。
私は頷くこともなく、腰にかけていた刀を抜き取りながら鬼へと走り寄る。
数秒、鬼の間合いへ入り、刀を突き上へと裂いた。
鬼の腹部から肩にかけて刀の軌道が生まれる。
「何をしている!首を落とせ!!!」
師範の声がまた響く。
知っている、首を落とさなければいけないことぐらい。
ただ、確かめたかっただけなんだ。
「夢子!早くしろ!」
鬼をじっと見つめていると、師範は焦りを覚えたのか私を急かしてきた。
横目で師範を見ると、少しばかり怯えた表情もしている。
ご先祖様が残した言い伝えの“鬼”を目前にして、恐れを抱いているのだろうか。
無理もない。
自分の力が届くことなく、目の前で子と孫が殺されたのだ。
師範ももう若くはない。
勝てる相手でもないのは、師範もよく分かっているのだろう。
「お前、何者だ……」
そう声を出したのは鬼だった。
喋れるのか……
目線を鬼に戻し、私は刀を構えずに様子を伺った。
「……何者でもない。」
「ならなぜ、オレを斬れる!刃が届く!!」
激昂しているようだった。
まるでプライドをへし折られた人間のように、先程よりも殺気立てて私を睨むそれは、いつの間にか入れた一太刀の傷は癒えていた。
「面白い。」
心が騒めくような感覚がする。
刀を構え、鬼を見やる。
この力が使える時が来たのだと、楽しみで仕方がなかった。
鬼の呼吸が変わったその刹那、“ゴトン”と言う音があたりを響かせる。
思っていた以上に手応えはなく、心の騒めきは維持する事なく引いていき、私は刀を鞘へと戻す。
鬼は亡骸を残すことなく、この世界から散りとなって消えていった。